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Review on "Transfer"

■永瀬恭一氏によるレビュー

こちら



■ハシモト マコト氏によるレビュー

こちら(Tokyo Art Beat Blogのページ)



■oossii氏によるレビュー

六本木の、ギャラリーが集合するビルの4階、そこへ階段で登っていくと、「バッ、ブぅ…、…、バッ、ブぅ…」と謎の音が聞こえてくる。上まで辿り着くと、廊下の壁に映像がプロジェクターで投影されている。
一応、ギャラリーのドアを開けて中へ入ろうと試みるが、鍵がかかっていて入れない。念のため、下の階の部屋にも入ってみると、中はギャラリーのオフィスのようで、働いているお姉さんと目が合ってしまい気まずい。どうやら今回の展覧会は、ギャラリーの外にある映像作品の一点のみのようだ。階段のところの壁に作品配置図が貼ってあるのだから、はやく気づけよ、というかんじではあるが。

その映像は、黄色い風船が室内や風景にぷかーっと浮いている姿を、固定されたカメラで映し出したものである。風船はひもで固定されていて、ほとんど動かなかったり、少しゆらーっと揺れていたりする。その様子をじっと見つめていると、いきなり破裂音を鳴らしながら割れてしまう。そしてその瞬間に場面が切り替わり、今度は割れた残骸から風船が効果音とともに再生する。生活感のある室内からはじまり、そしてビルの一角、橋の上、講義室の教壇など、場面は風船の破裂と再生のたびに次々と切り替わっていく。最終的に今回の展覧会の場、つまりギャラリーの外の階段で風船が破裂して終わる。

作家の言うところによると、この作品はどうやら「ワープ」しているらしい。今回の展覧会のタイトルも"Transfer"だ。ひもの固定された風船が破裂する瞬間に、いきなり周囲の場面が切り替わり、そして同一の黄色い風船がふたたび再生されるのだから、確かにワープしているように見える。このワープは、ショットとショットをつなぐ映像固有の技法であるモンタージュによって実現される。
モンタージュは、映画創世の時代からすでにメリエスによってその可能性が追求されて以来、クローズアップやスローモーションと並んで映画独特の典型技法として定着している。そして、エイゼンシュタインのモンタージュ理論によれば、「A」という構成要素と、「B」という構成要素をつないだとき、「A」でも「B」でもないような、「第三の意味」を持つ「C」という新しい構成要素が生みだされるという。彼はモンタージュ理論を体系化するうえで、漢字を参考にしている。例えば、「日」+「月」=「明」というように、「日」と「月」を組み合わせたとき、「明」、つまり「明るさ」という「第三の意味」が生み出されるのだという。
そして今回の奥村の作品においては、ある場面における風船のショット「A」と、それとは異なった場面における風船のショット「B」をつないだとき、前後の風船が同一であるように見えるため、「ワープ」という「第三の意味」が創出されるのだ。そして全体的に映像の編集操作がシンプルなので、このモンタージュがとても有効に機能している。風船の破裂、効果音、場面の切り替えを、一挙に行うことによって、ワープというファンタジックな出来事を演出している。風船の破裂、モンタージュによる場面の転換、それから逆まわしによる風船の再生へと至る映像のスムーズさが目を見張るし、そしてショットの長さが一定ではないため、風船の破裂音と再生音の、その等間隔ではない反復が心地よい。

この作品を見ていると、三一致の法則というものを思い出す。三一致の法則とは、「空間」と「時間」と「筋(場面、主題、内容)」を一致させるという、古典演劇の法則だ。ルネサンス期に、特にレオナルド・ダ・ヴィンチによって、絵画においてもこの法則が適用され理論化される。それ以前は、宗教サイクルを絵画化するとき、一枚の絵画空間に異なる主題が混在し、例えばイエスが画面のあちこちに複数回登場するというような異時同図法で表されたものが主流であった。それに対してレオナルド以降、今までの混乱していた絵画を還元していき、一枚の絵画には、「場面」「時間」「主題」がひとつに絞られるようになる。三一致の法則によって整然と仕上げられることによって、まるで観者の前に今ここに立ち現れているかのような、現前性が獲得されるのだ。
今回の奥村の作品は、三一致の法則と通底するような制作意図がうかがえるのではないだろうか。映像とは、時間と空間の両方の要素をあわせ持つため、本来的に情報量の多いメディアである。それに対して、彼は観者の視点を留めるために、できるだけ簡潔な素材である黄色い風船を採用する。そして一つのショットには、固定された一場面だけが映され、さらに風船以外には極力動く要素を排除して画面を明快にしている。音に関しても、風船の破裂音と再生音のみに絞られており、他の余分な音声はいっさい聞こえない。彼の自宅の部屋のショットからはじまり、展覧会会場のショットで終わる今回の作品は、まるでルネサンス期の三一致の法則を適用した宗教サイクルの絵画群のようだ。このような明快さこそが、今回の作品のまさに強度となっているように感じられる。

"Transfer"は、奥村雄樹が今まで制作してきた作品からはやや傾向が異なり、また今まで見たことのある彼の作品の中では、もっとも完成度の高いものに思える。もしかしたら彼にとってひとつの転換点となる作品なのかもしれない。となると、次の展開がとても気になるところ。

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